脳 Brain, No Life(仮)

とあるニューロベンチャー企業の研究員のつぶやきを記録するブログ

推論(4)

推論に関する問題は、すべて日常的なシチュエーションに置き換えれば、理解度が上がり、誤答は減るといえるのでしょうか?

 

この問題について考えるため、まずは下記質問を見てください。

 

質問:

リンダは31歳、独身で、社交的かつ明朗な性格の持ち主です。

彼女は学生時代には哲学を先行し、差別や社会正義について

深い関心を持ち、反核運動にも参加していました。

以下の8つの記述について、

最もありうるものに1、最もありえないものに8という基準で

評価を行ってください。

 

(a)リンダは小学校の教師である

(b)リンダは書店に勤務し、また、ヨガに通っている

(c)リンダはフェミニズム運動家である(F)

(d)リンダは精神病院に勤めている

(e)リンダは「女性有権者の会」会員である

(f)リンダは銀行の窓口係である(T)

(g)リンダは保険外務員である

(h)リンダは銀行の窓口係でフェミニズム運動家である(T&F)

 

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(上記問題(和訳)は文献(1)より引用しました。

上記の英文問題は文献(2)より引用しました。)

 

 

注目すべきは(c)(f)(h)の各設問です。

 

(c)にはフェミニストのFを、

(f)には窓口係(teller)のTを、

(h)には窓口係かつフェミニストの意味でT&Fを、

 

それぞれ振ってあります。

 

この質問調査をおこなったダニエル・カーネマン(当時ブリティッシュコロンビア大学(UBC)所属)は、調査対象だったUBCの学部学生が「もっともらしさ」を、F > T&F > T の順に評価するという結果を得ています。(※2)

 

集合論的に考えれば、TとFの「かつ(and)」をとったものの確からしさは

TやFの個別の確からしさよりも小さくならなければなりません。

 

しかし、学生たちは集合論的な論理にそぐわない回答をしてしまったのです。

 

(本来、2つの事象のand(連言)をとった事象の確率はandを取る前の個別の事象の確率より小さくなるはずなのに、調査参加者の学生たちはそのようには判断していません。このような誤りを「連言錯誤」と呼ぶことがあります。)

 

この点をよりハッキリと明らかにするため、カーネマンは問題は同じのまま、

選択肢を下記の2つに絞った質問を新たに集めたUBCの学生たちにぶつけます。

 

(1)リンダは銀行の窓口係である(T)

(2)リンダは銀行の窓口係でフェミニズム運動家である(T&F)

 

すると、なんと85%の学生が(2)の方が(1)よりもより確からしい(probableである)と判断してしまったのです。

ここまで選択肢を絞っても連言錯誤が起きるわけですから、このような問題においては人間の思考のクセが悪い意味で際立って、推論の過ちにつながってしまうことを示しているといえます。

 

これはヴェン図(Venn's diagram)を描けば、明らかに避けられる過ちです。しかし、実際には、多くの参加者が間違いを犯してしまっています。リンダ問題のケースでは、日常的なシチュエーションに置き換えられた問題を考えるときに、人間がヴェン図を思い浮かべながら、逐一「もっともらしさ」の大きさを検証しながら問題を考えているわけではないということが明らかになったと言えるでしょう。

 

 

【引用文献】

1)多田洋介「行動経済学入門」日本経済新聞社(2003)p.70

2)Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: the conjunction fallacy in probability judgment. Psychological review90(4), 293.