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脳 Brain, No Life(仮)

とあるニューロベンチャー企業の研究員のつぶやきを記録するブログ

推論(5)

私たちは日々、意識的・無意識的にさまざまな推論を行っているわけですが、論理的推論については、あまり得意ではない面のあることがわかりました。4枚カード問題に見られるように、論理学の訓練を積んだり、現実問題に近い状況に置き換えることで正答率が上がるような問題もあれば、リンダ問題に典型的なように、現実問題に置き換えることでかえって論理的思考が阻害されてしまう事例のあることも明らかになりました。

 

私たちは、論理的にはパーフェクトとはいえない思考を行いつつも、それなりに整合した社会生活を営むことができているようです。

 

なぜ、そんなことが可能かというと、ひとつには、社会生活を営むうえでは、他者の心の状態を推論することが非常に重要だからです。論理的な推論能力の重要性もさることながら、日常生活の中でかかわりあう人たちの気持ちや感情を汲んで適切な対応ができる能力が、人間社会においてはとりわけ重要なのです。

 

社会的な淘汰圧がかかったのかどうかはわかりませんが、敏感鈍感の程度の差こそあれ、私たち人間には、他者の心の状態を読む「マインド・リーディング」の能力があります。

 

以前、とりあげましたが、赤ちゃんとの共同注意が成立するためには、赤ちゃんの側で相手(典型的には自分のお母さん)の視線を認識し、その視線が何に向いているかを把握し、そちらに自分の視線なり注意を向けることが必要になります。

お母さんが何かに視線を向けているのを見て、赤ちゃんに「お母さんが向こうの物に心を奪われているぞ」という認識があるのかどうかは判然とはわかりませんが、身近なヒトが注意を奪われているものに注意を向けることができることが、他者の心の状態の推定をする能力の基盤になっていることは間違いないでしょう。

 

他者の心の状態の推論能力がいついかに形成されていくかについて見てみることにしましょう。

 

 

 

 

【今回のテーマに関する評価】
実現度:(評価なし)
有用度:(評価なし)