脳 Brain, No Life(仮)

とあるニューロベンチャー企業の研究員のつぶやきを記録するブログ

Stop-signal 課題:抑制機能と下前頭回(inferior frontal gyrus, IFG):後編

昨日の続きです。

 

脳の抑制機能を調べるための課題としてストップシグナル課題を用い、行動の抑制にかかる時間を調べました。

 

その手続ですが、まず、ストップ信号なしの試行(no-signal trial)、つまりGo試行の場合のボタン押しの反応時間の分布を参加者ごとに調べます。刺激提示後の数百ミリ秒後に、ピークがくるような釣り鐘状の分布が得られます。このときの反応時間の中央値を各参加者ごとに算出します。

 

ついで、ストップ信号ありの試行について調べます。

 

反応を促す刺激の提示のあと、しばらく時間を空けてストップ信号を出します。この時間をSSD(Stop-signal delay)といいます。SSDを長くしたり短くしたりすることで、その後のストップ確率が変動します。

 

SSDが長いと(つまりストップ信号が発せられるのが遅いと)、ボタン押しを抑制できない確率が高くなります。SSDが短いと(ストップ信号が素早く発せられると)、ボタン押しを抑制できる確率が高くなります。

 

SSDを動かして、抑制失敗(反応をしてしまう:respond)と抑制成功(反応せずに済む:inhibit)の確率が五分五分になるよう調整を行います。このようなSSDの平均値を算出します。

 

 

ストップ信号なしのときの反応時間の中央値から、SSDの平均値を引いた値を、SSRT(stop signal reaction time, ストップ信号反応時間)の推定値とします。

 

これを、ストップ信号が出てから、ボタン押しを抑制するまでにかかる時間とみなすのです。

 

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患者たちの損傷箇所は右前頭葉のさまざまな領域に広がっていました。

 

下前頭回(IFG)のみならず、内側前頭皮質(medial frontal, MED)、眼窩前頭回(obital frontal gyrus, ORB)、中前頭回(middle frontal gyrus, MFG)、そして上前頭回(superior frontal gyrus, SFG)などに損傷がありました。そしてこれらの領域の損傷面積を計測しました(※なお、略称は論文中で使われていたもの)

 

これらの脳部位の損傷面積と、SSRT(抑制にかかる時間)との相関を調べたところ、下前頭回(IFG)の損傷面積とSSRTの長さの間に統計的に有意な正の相関が見出されました。つまり、下前頭回の損傷面積が大きくなればなるほど、抑制にかかる時間が長くなるという関係性が見出されたのです。

 

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参考文献:

Aron, A. R., Fletcher, P. C., Bullmore, E. T., Sahakian, B. J., & Robbins, T. W. (2003). Stop-signal inhibition disrupted by damage to right inferior frontal gyrus in humans. Nature neuroscience, 6(2), 115-116.