宝くじを買うヒトは不合理?(2):サンクトペテルブルクのパラドックス
ヒトは期待値原理にしたがってくじを選ぶわけではない。
このことを明らかにしたのが、サンクトペテルブルクのパラドックスです。
早速ですが、つぎのようなくじについて考えてください。
みなさんなら、このくじの購入にいくらまでであれば支払ってもよいと思われますか?
表と裏の出る確率が50%のコインがあります。このコインを連続して投げて、裏が出た時点でゲームは終了です。表が出続けている間は、以下のルールにしたがって賞金がもらえます。1回目が表なら2円、2回目が表なら4円、3回目が表なら8円・・・というふうに賞金が倍々になっていき、裏が出る前の時点での金額が賞金としてもらえます。
例えば、
コイン投げ5回目まで表が続き、6回目に裏が出たら、2の5乗、すなわち32円が賞金としてもらえます。
コイン投げ1回目は表、2回目で裏が出てしまったら、2の1乗、すなわち2円が賞金としてもらえます。
コイン投げ1回目に裏が出てしまうと賞金は0円です。
さて、このくじの賞金の期待値はいくらでしょうか?
計算してみましょう。
1回目 2円 ✕ 1/2 = 1円
2回目 2の2乗円 ✕ 1/(2の2乗) = 1円
3回目 2の3乗円 ✕ 1/(2の3乗) = 1円
4回目 2の4乗円 ✕ 1/(2の4乗) = 1円
・・・
・・・
であり、これらを足し合わせたものがこのくじの期待賞金額です。
これを見ていただいてわかるとおり、期待賞金額は無限大に発散します。
では、最初の質問に戻りましょう。
みなさんはこのくじの参加にいくらまでなら支払ってもよいと思いますか?
たとえば100万円を支払ってこのくじを購入しますか?
期待賞金額は無限大なので100万円なんて安いものです。
100億円だって無限のお金に比べれば、チリのようなものでしょう。
しかし・・・実際には100円も支払いたくないというヒトが大半なのではないでしょうか?
期待値は無限のくじなのに、その参加料として100円の価値すらない。
これは、ヒトが期待値原理にしたがって意思決定をするという立場からはパラドキシカルな現象といってもよいかもしれません。
素直にとらえれば、ヒトは期待値原理にしたがって意思決定するわけではないということを意味しています。
では、期待値原理に代わる、ヒトの意思決定を支える行動原理は何なのでしょうか?
(次回につづきます)