脳 Brain, No Life(仮)

とあるニューロベンチャー企業の研究員のつぶやきを記録するブログ

ついに、プリファレンスに関する脳波が発見か

モノなどに対する好みのことをpreferenceといいますが、これに関する神経基盤がわかると、ニューロマーケティングに革命が起こると考えられています。パッケージやCMを見たときの、あるいは試食・試飲したときの脳活動を測って、その人の好みがわかったら、マーケティング調査に大きなインパクトを及ぼすことができるというわけですね。

 

American M & N大学のAbbotらは、ついにこの偉業を達成したようです。

拡張10-20法のAFO電極に含まれるP 波帯域のパワー変動の時系列データの時間微分に関する導関数積分したものから積分定数を除いたものが、preferenceの予測指標になることを発見しました。

ニューロマーケティング新時代の幕開けを告げる論文になりそうですね。

 

 

参考文献:

Abbot, F., Parker, O., Ridout, O., & Lemmon, L. (2016). Coherence of multi-band EEG activity as a basis for preference. Journal of Negative Results, 797(4), 447-467.

 

 

幸福感と関連する脳活動(3)

つづきです。今回は、脳波データの取得についてと、主観評定との相関について紹介します。

 

安静時の脳波計測1分間を8回くり返してデータを取得します。4回は閉眼、4回は開眼条件でした。こうして取得した脳波のデータからアルファ帯域活動(8-13Hz)のパワーを計算します。アーティファクト(ノイズ)の乗っていない時間帯のデータを分析に使用します。分析に用いたデータの幅は1秒間で、0.5秒のオーバーラップがあります。パワーの計算には、fast Hartley transformという(フーリエ変換類似の)手法が使われています。

 

前頭部非対称性の計算としては、左右の対応する電極ごとに、アルファパワーの対数値の差分を計算します(log right – log left)。アルファパワーが大きいことは皮質の活動が小さいこととみなされますので、この計算結果が、左の皮質の活動が右の皮質の活動に対してどれくらい相対的に大きいかの指標になるのです。これまでの研究から、左前頭部の活動の大きさが接近動機や快感情に関連すると考えられているので、この数値が大きいほど幸福感も高まるのではないかという仮説が得られます。

 

 

実験の結果、アルファパワーの(log FC4 – log FC3)、すなわち前頭部の非対称性が、PWBとSWLSと相関を示しました。PWBとはr=0.33, p=0.002、SWLSとはr=0.30, p=0.005でした。

ちなみに、この前頭部の非対称性(log FC4 – log FC3)は、PWBの各項目の中では「自立性・自主性」とは相関はみられませんでした(r=0.08)。一番相関があった項目は「自己受容」で、r=0.39, p<0.01でした。

またPWBの全項目の平均、「自己受容」「環境の支配力」「個人的成長」は、左の前頭部(FC3)の活動とも相関がありましたが、

 

この研究から、人生が価値あるものであるかどうかとう観点からの幸福度と、主観的な幸福感は前頭部非対称性と結びつきのあることがわかりました。幸福感の神経基盤研究の幕開けといえましょう。

 

 

参考文献:

Urry, H. L., Nitschke, J. B., Dolski, I., Jackson, D. C., Dalton, K. M., Mueller, C. J., ... & Davidson, R. J. (2004). Making a life worth living neural correlates of well-being. Psychological Science, 15(6), 367-372.

 

 

幸福感と関連する脳活動(2)

Urryらは主観的な幸福感(eudaimonic well-being, hedonic well-being, positive affect)と脳活動の関係を脳波計測をおこなって調べました。

まず、今回は、彼らが研究の中でおこなった主観的な幸福感の調べ方について説明します。

 

 

研究の中では、これらの主観的尺度を以下の方法で計測しました。

 

eudaimonic well-beingを、Ryffによる心理的幸福感尺度(Scale of Psychological Well-Being, PWB)の中の「自立性・自主性」、「環境への支配力」、「個人的成長」、「他者との良好な関係」、「人生における意味」、「自己受容」の各項目について6件法で回答させ評価しました。

 

hedonic well-beingを、DeinerのSatisfaction With Life Scale (SWLS)で測ります。SWLSは、人生の全体的な満足度を測るもので、So far I have gotten the important things I want in life.’’を含む5つの質問に7件法で回答させ評価しました。

 

Positive affectは、Positive and Negative Affect Schedule (PANAS)を用いて、参加者の性格的・気質的(dispositional)なポジティブ感情を評価しました。具体的な項目としては、interested(興味のある), excited(興奮した), strong(強気な、強い信念のある、自信のある)などを含む10項目がポジティブ感情の評価に使われました。これを5件法で回答します。

 

 

参考文献:

Urry, H. L., Nitschke, J. B., Dolski, I., Jackson, D. C., Dalton, K. M., Mueller, C. J., ... & Davidson, R. J. (2004). Making a life worth living neural correlates of well-being. Psychological Science, 15(6), 367-372.

 

 

幸福感と関連する脳活動(1)

接近・回避動機づけと前頭部非対称性の関係性については多くの研究があるにもかかわらず、幸福感の神経基盤を直接調べた研究は知られていませんでした。

Urryらは2004年に、この点に関する研究を行いました。84人の参加者(57〜60歳、右利き)に、eudaimonic well-being, hedonic well-beingとポジティブ感情(positive affect)に関する自己報告のmeasureをとり、脳活動との関連性を調べたのです。

 

eudaimonic well-beingはより良く生きることから得られる幸福感のことを指します。この幸福感は、自立性・自主性(autonomy)、環境に対する支配力、人としての成長、他者との良好な関係、人生における意味、そして自己受容の程度の高さによって定義づけられます。

一方、hedonic well-beingは、快への接近と不快の回避から得られる幸福感のことを指します。この幸福感は主観的幸福感(subjective well-being, SWB)の例であり、Dienerによって「人生に対する感情的・認知的評価」として定義されています。具体的には4つの要素があり、人生に対する満足感、仕事などの重要な分野における満足感、快感情の頻度の高さ、不快感情の頻度の低さによって特徴づけられます。

 

故に、hedonic well-beingは快感情を含みます。一方、eudaimonic well-beingは、人生の目的、成長、支配力などを強調します。

 

 

この項、つづきます。

 

参考文献:

Urry, H. L., Nitschke, J. B., Dolski, I., Jackson, D. C., Dalton, K. M., Mueller, C. J., ... & Davidson, R. J. (2004). Making a life worth living neural correlates of well-being. Psychological Science, 15(6), 367-372.

 

 

子どもにとってシータは喜びに関連する脳活動である(らしい)

 

論文内の引用や、アブストラクトからの情報ですが、子どもにとってシータ帯域活動は喜びに関連する脳活動だと考える研究者たちがいるようです。

 

Kugler & Laub 1971によれば、4Hzの神経活動は、子ども(6ヵ月〜6歳)にとってpleasure-relatedな活動なのだそうです。パペット、動く物体、おもちゃなどを見ているときに発生すると報告しています。このような快に関するEEG反応は、大人の脳からは観察されない、子どもに特有の反応であるとのこと。

 

Orekhova et al. 2006によれば、就学前の子ども(preschooler)を対象とした調査で、おもちゃを探索する(exploration of toys)ときに前頭部の領域でシータ帯域のパワーの増加が観察されたそうです。
シータの帯域は4-8Hz(=大人と同じ)としたとのこと。(乳児の場合は3.6-5.6Hz)

 

 

参考文献:

Kugler, J., & Laub, M. (1971). “Puppet show” theta rhythm.

Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 31, 532–533.

 

Orekhova, E. V., Stroganova, T. A., Posikera, I. N., & Elam, M. (2006). EEG theta rhythm in infants and preschool children. Clinical Neurophysiology, 117(5), 1047-1062.

 

 

プラシーボはプラシーボと明示しても効く

 

 プラシーボを「プラシーボですよ」と明かした上で与えてもプラシーボ効果は生じるのでしょうか?ハーバード・メディカル・スクールの研究者たちがこの問題に取り組みました。参加者は偏頭痛を持つ66名の患者です。参加者たちには、偏頭痛が起きた時に服用する薬が6種類与えられ、それらがどれくらい頭痛を軽減する効果があったかを記録するように求めました。

 

6種類の薬とは、

「プラシーボである」とラベル付けされた、プラシーボと偏頭痛薬(Maxalt)

「Maxaltかプラシーボである」とラベル付けされた、プラシーボと偏頭痛薬(Maxalt)

「Maxaltである」とラベル付けされた、プラシーボと偏頭痛薬(Maxalt)

の6種類です。

 

これらの頭痛軽減効果を調べたところ、下記のような結果が得られました。

 

NTはno treatment(処置なし)条件

Pは「Placebo(プラシーボ)」ラベル付け条件

Uは「Unspecific」ラベル付け条件

Mは「Maxalt」ラベル付け条件

です。

 

図の縦軸は、頭痛が起きてから30分後の頭痛の強度のスコアをベースラインとし、そのときに薬を飲み、頭痛発生から2時間半後に痛みが強まったか、弱まったかをパーセンテージで表しています。

 

図中のエラーバーは95%信頼区間を表しています。

 

 

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この結果、プラシーボは「プラシーボ」とラベル付けして与えてもプラシーボ効果を持つことがわかります。

なお、本当の薬は「プラシーボである」というラベル付けをするとやや効果が減弱されるようですね。

 

しかし、プラシーボはプラシーボであるとわかっていても効果があるというのは、なかなか興味深い結果です。

 

 

参考文献(図の引用元):

Kam-Hansen, S., Jakubowski, M., Kelley, J. M., Kirsch, I., Hoaglin, D. C., Kaptchuk, T. J., & Burstein, R. (2014). Altered placebo and drug labeling changes the outcome of episodic migraine attacks. Science translational medicine, 6(218), 218ra5-218ra5.

 

 

この文献、他のサイトでも紹介されていました。

 

参考URL:

「たとえ偽薬でも効果大 服用する片頭痛薬が何なのかわかっていると頭痛は大幅に改善される:米医療機関調査」(執筆者:さえきそうすけ氏)

http://irorio.jp/sousuke/20140109/100904/

 

 

「眠気」は危ない

昨日はブログの更新をすっかり忘れていました。更新をお待ちいただいていたみなさまには失礼いたしました。本日は昨日の分と合わせて2回更新します。

 

広島で起きたトンネルでの自動車事故に関する新聞記事を読みました。

事故を起こしたトラックの運転手は、事故の前に仮眠をとっていて、予定より40分長く寝過ごしてしまった、と証言しているという内容でした。

4時に起きる予定が、4時40分まで寝てしまったそうです。

私は、てっきり、予定より長く寝てしまったため、時間の遅れを取り戻そうと慌てて事故を起こしてしまったのかなと思ったのですが、記事にはそのような記述はなく、運転手の男性が事故当時の居眠り運転を認めていること、その背景に過労の可能性があると警察が見ていることが述べられていました。

 

思えばスリーマイル島原発事故も当直の作業員の「眠気」が原因でした。午前4時頃に起きた原発の異常事態に対して、作業員が強い眠気に襲われていたために適切な対処ができなかったことが原因となって、最終的には大災害につながってしまったのでした。

 

これらの事例が示すように、睡眠不足やそれにともなう眠気は非常に重大なミスや事故につながる恐れがあります。自動車運転に関していえば、睡眠不足でクルマを運転することは、酩酊状態で運転をすることと等しい無謀な行為です。

 

自動車事故に限りませんが、ミスや事故を起こしてしまいそうなほど眠かったり疲れていたりするかは、本人が一番よくわかるのですから、私たち一人ひとりに適宜仮眠をとって認知能力をリフレッシュできるような裁量権が与えられといいのでは、と私は思うのですが、みなさんはどう思われるでしょうか?